伊勢と出雲/その地が選ばれた理由

その地が選ばれた理由

=伊勢と出雲という宇宙軸

 両社は意図的に配置された?=

 同じような古い由緒がありながら、片や国家の宗社としての神宮、片や地方の大きな神社を意味する大社にすぎないという、伊勢神宮と出雲大社。両者の関係は、表面的には少しいびつにさえ見えるかもしれない。しかし、それぞれの位置関係という視点から探ってみると、そこには大きな意味が隠されていることが読み取れます。

 

 伊勢神宮は、畿内・大和につくられた天皇家による王権〈以下、大和王権〉の真ん中に位置する天香具山(あまのかぐやま)の真東にあたるという。

 

 日の昇る方角である東とは、神話的には「生」を象徴する方角です。じつは伊勢の地にはアマテラスオオミカミが鎮座する以前から太陽信仰があったともいう。現在も内宮、宇治橋の鳥居からは冬至の日の出が望め、神宮よりさらに海に近い二見興玉(ふたみおきたま)神社の夫婦岩のあいだからは、夏至の日の出が望めます。海のかなたに日の出を望めるこの地は、まさしく日本の太陽信仰の本拠地だったのかもしれません。

 

 いっぽうの出雲は、大和から見れば伊勢とは正反対の西の果てにある。しかし、この地もまた古代から聖地でした。出雲大社の境内からは勾玉や臼玉といった古代の「神マツリ」の遺物が、そして荒神谷や加茂岩倉遺跡からは、祭祀に使われたと思われる銅剣や銅鐸などが数多く見つかっています。

 

 そして、西とはすなわち日の沈む方角であり、死を象徴する方角である。出雲大社は伊勢神宮とは対照的に、海に沈みゆく太陽を望む場所にあるのです。

 

 このように、日の昇る伊勢と日の沈む出雲は、生と死を象徴する地として対置されました。

 

 この、大和を中心にした東の伊勢と西の出雲という東西の軸を一本の「宇宙軸」としてとらえる説は、かつて国文学者の西郷信綱によって説かれているのです。

=出雲神を敬う天皇家・死の裏にある生=

 このように、大和王権によって、大和を中心とした東西に生と死を象徴する伊勢神宮と出雲大社がつくられたという説は魅力的です。しかし、伊勢と出雲という聖地自体は決して大和王権によってつくられたわけではない。聖地とは、はるかな昔からその土地に土着する人々によって感得され、長い時間のなかで熟成されてできたものです。

 

 とすると、話は逆で、大和王権のほうが、もとからあった伊勢と出雲という偉大なる聖地の中間地点を選んで、みずからの都をつくったとはいえないだろうか。伊勢の太陽信仰、そして出雲の地のどのような古代信仰が、大和王権の心を惹きつけたのだろう。

 

 そもそも天皇家が皇祖神を祀る伊勢のほかに「出雲」を必要としたのは、日本という国の内部を固めるための「外部」が必要とされたからにほかならない。大和王権は世俗の権力を握り、その強化のために国家神の祭祀を司る祭祀王にもなり、聖俗二元の王となった。しかし、それらはしょせん現世的な保証にすぎない。現世=この世には、「あの世」という対比する概念が必要とされ、それが国家にとっての外部となったのです。

 

 このような精神的多重構造をつくることで、国ははじめて安定して成立することができたのだろう。

 

 では、その大切な外部である出雲を、大和王権はこれまで蔑ろにしてきたのだろうか。それともそれは、天つ神と国つ神の対立、神々のなかでの勝者と敗者の誕生を暗示する、大和王権の語る国譲り神話から、私たちが勝手につくりあげたイメージだったのだろうか。

 

 そもそも国土を生み出し、それを治めることは、高天原(たかまがはら)から伊邪那岐命(いざなきのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)に下された使命だった。また『日本書紀』の一書には、須佐之男命(すさのおのみこと)が地上を治めることを命じられたという記述もあります。実際に地上を治めたのは大国主神(おおくにぬしのかみ)で、それが高天原に譲られたことを現在では勝者と敗者の関係と見るが、じつは国譲り神話の解釈にはこれと正反対のものもあります。

 

 神話の神々の系譜から見ると、須佐之男命の子孫である大国主神もまた高天原の神の子孫である。その大国主神は国譲りの際、みずから「冥界の神になりましょう」と告げたのです。

 

 すなわちそれは大国主神が高天原に敗れたのではなく、「顕露(けんろ)〈この世〉のこと」は天孫が、「幽事(かくりごと)〈あの世〉」は大国主神が、という分業の取り決めだったのではないかというのです。

 

 実際、人は誰もが冥界に行くべき運命だとすれば、はかないこの世よりも死後の裁きのほうがよほど恐ろしいのではないか。とすると、この世を統べる国家神よりも、あの世に君臨する冥界の神のほうこそ、より畏れ敬うべき偉大な神なのではないだろうか。

 

 現在、宮内で祀られている神様のなかには、まごうことなき出雲神・事代主神(ことしろぬしのかみ)がいる。また宮内のさまざまな祭祀では、天神ばかりでなく、地祇にも祈りが捧げられる。

 

 天皇家では出雲の神々をおろそかにするどころか、密かに畏れ敬っているのではないか。また、出雲大社の出雲国造の代替わりの儀式では天皇に玉や刀や鏡が献上されるという。

 

 生の領域を支配する神を祀る伊勢神宮と、死の領域を支配する神を祀る出雲大社。しかしまた、古代の死生観によれば、死と生は循環するものである。死はそれだけでは終わらず、そこには必ず再生が結びついている。大国主神はたんに死の神ではない。死と再生の神なのです。その意味では、対置され、たがいに比較される伊勢神宮と出雲大社も、もとはひとつのものであるとの解釈もできるのかもしれないでしょう。

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